僕たち・私たちの声

障害者支援施設で働いた時の話

今からちょうど一年ほど前に障害者支援施設で働いていました。
施設には知的障害や自閉症、注意欠陥・多動性障害などの発達障害を持つ子がいました。
私は発達障害を持つ子がどうすれば居心地良く過ごすことが出来るか、というのが研究テーマの一つなので実際に発達障害のある子とか関わろうと思い、その施設にいく事にしました。

施設での生活は自身が想像するよりもはるかに大変でした。

まず自閉症と知的障害の両方があり、人と会話することが出来ない子が数人いました。コミュニケーションが取れず何を考えているのかわからないので、突然暴れ出したり逃げてしまうとどうすれば良いのか対処法が分からなくなってしまいました。自閉症を持つ女の子は常に人と目を合わせないでうつむいていて、私の手を黙って引いてトイレまで連れて行き、個室に1人で入ってトイレの中で遊んでいました。トイレは電気がついていない状況を好み、暗いところに1人でいるのが好きなのかな?と思いました。その子は他の子としばしばおもちゃの取り合いになり、言葉を発する事ができないので黙って泣き始め、私におもちゃをとってくる様に手で素振りしてきました。基本的に意思表示する時は手で指差す事が多かったです。

他に知的障害を持っている男の子がいたのですが、とても人懐っこい性格でスキンシップをしばしば取ってきました。私の言った言葉が理解できているのか出来ていないのか分からず、話を聞いてくれる時と無視されてしまう時が、半々でした。

ある日に施設の1人の子が誕生日だったのでお誕生日会が開かれました。言葉を喋る事ができる子が会の司会を務めメンバーの一人一人から「おめでとう」を言っていく会でしたが、そもそも全員が席に着く事自体が難しく、会が始まるまで30分近くかかりました。また座り続けている事が苦痛な注意欠陥・多動性障害の子が騒ぎ始めて会自体に締まりがなくなっていきました。皆んなで写真を撮ろうという時も自閉症の子が嫌だと泣き始めて険悪な雰囲気になってしまいました。子供たちが騒ぎ始めても、嫌な顔一つせずニコニコしながら適宜対応する施設の従業員の人はすごいと感じました。

相模原障害者施設殺傷事件という知的障害の人の為の施設で、従業員が知的障害者の方々を殺人してしまうという事件がありましたが、障害者の支援が従業員の方本人にとって度を超えてストレスだったのかもしれないと考えました。意思疎通が十分に出来ない障害者には人権がないなどの主張もしていましたが、考えてしまうものがありました。もちろん障害があろうとなかろうと人権が平等にあるのは確かなのですが、私自身も知的障害を抱えていてコミュニケーションが取れない子に対して「この子は将来どうなるのだろう」という不安を抱いたからです。また知的障害のある人は「生きる意味がない」との発言もしていましたが、障害があると社会で活躍できる幅が狭まってしまうのは事実だと感じます。知的障害や発達障害含む障害者にとって少しでも生きる意味を見出せる社会になってほしいと同時に、障害者でも生きがいを持てる社会の仕組みを作らなければいけないのは我々今の若者自身なのだと自覚しました。

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