僕たち・私たちの声 注意欠陥・多動性障害

私が数字を追い求める理由。精神疾患、発達障害は「治る」ものですか。

※NeBA創設者Sakuの自己紹介のようなものです。持論ばっかりです。Sakuも精神疾患、発達障害当事者です。(高校3年で母を亡くしてから鬱を発症し、発達障害も発覚しました。)

「病気だから仕方ないか笑」

そういう言葉を投げかけてくる人は社会に一定数いる。

私もそのような言葉を投げかけられたことがある。

しかし、私は自分でも自分の体の中で何が起こっているのかわからない中で、何も言い返すことができなかった。

 

心の中で思ったのは、あなたはその言葉を風邪で寝込んでいる人に言うのか、先天的に何か身体的症状を持った人に言うのか?

恐らく、言わないだろう。

 

なぜなら、それが数論的証拠を持った病気であるから。

 

しかし、私が共に生きている鬱、ADHDと言う精神疾患、発達障害はまだまだ数論的証拠が少ない。

 

何なら私は診断された時も鬱が具体的に何なのかよくわかっていなかったし、私の体のどこがおかしくなって鬱の症状が出ているのか理解するまで半年かかった。

正しくは、自分で鬱について調べることができる状態になるまで半年かかったのだ。

 

精神疾患、発達障害当事者は、自分自身の身体に生活に支障が出るほどの顕著な症状が出てから精神科に駆け込んで、診断をもらうことが多い。

 

そのような精神、身体がギリギリの状態で自分の体のうちで起こっていることを知るために、専門書を読みあさったり、インターネットを利用して自分のどこがおかしいのか調べることができるだろうか?

 

確かに健康な時ならできたかもしれない。しかし、鬱などの精神疾患では、思考力、記憶力も大幅に減少してしまう。

 

結果、自分の体の中で何が起こっているのかもわからないまま精神疾患や発達障害と共存していく生活が始まっていくのだ。

 

自分の精神状態に細心の注意を払い、毎日を生きていくことで必死な中で、私は「症状」としか付き合うことができない。

「症候(自分の体の中での変化)」を理解したい、という思いは人一倍あった。知ることで自分を正当化する」「自分の努力を認められる」からだ。

身体的健康ならば骨折してできることが制限されても、それは「仕方のないことだ」と諦められる。

しかし、精神的健康の場合は、「本当はできるのに、自分がしていないだけないんじゃないのか」という思考になるのだ。

 

自分の敵が自分。高校3年で母を失って鬱から始まり発達障害も悪化した半年間、自分が敵だった。病気と共存なんて考えていない。

如何にして精神疾患(鬱、ADHD、PTSD)を押しのけて、元の自分に戻るかだけを考えていた。

 

今は、違う。精神疾患は治るものではない。自分が付き合っていくものなのだ。という考えのもと、できるだけ生活に支障を来さない生き方を模索している。

 

もちろん、精神疾患による症状で生活がままならない場合、対症療法などを実施して症状を抑えることは必要だと思う。ただ、精神疾患、発達障害は根本的に消え去らない。同じ環境になったり、同じ量の負荷がかかるとまた苦しむ。「治る」という風に考えると、一生自分が敵になってしまう。

 

まだ大学一年生の私には知識もないし、この持論を裏付ける絶対的な数論的、定量的証拠はない。

それでも、これは私が高校を中退して、自分を見つめ直す中でたくさんの方に出会い、話し、得た考えだ。

 

「経験」は数字にはならない。しかし私は自分が「経験専門家」であると自負している。

 

その経験を生かし、全ての人が、経験がなくても、当事者でなくても、精神的健康のあり方を身体的健康と同じように認識できるよう、数字を追い求めるのだ。

 

数字だけにすがるのではないが、普遍的理解にはやはり客観的かつ定量的な証拠が必要だ。

脳波、fMRIをはじめとして精神的健康の定量的研究は着々と進んでいる。

 

(私もその歩みを進める人間になれたらいいな、と思っています。)

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saku

慶應大学SFC1年生。高校3年時にNeBAを設立。自分の母を無くした経験、精神疾患当事者である経験を生かして「全ての人が精神的、身体的に健康な社会」の構築を目指す。「病は気から?気だって病になる!」をモットーに頑張っています。

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