僕たち・私たちの声 注意欠陥・多動性障害

私がこの分野に興味を持った理由(Haru)

私は高校二年生の時に、自分に発達障害がある事がわかりました。
自身の障害に気づいたきっかけは、学校生活に困難が生じ、学校に行くのが精神的に苦しくなった事でした。
私は障害の特性から長時間集中する事が得意ではなく、授業中座り続けて先生の話を聞いている時間が非常に苦痛でした。また耳で聞いて物事を理解するのが苦手で先生の話についていく事も次第に難しくなっていきました。

そしてやや聴覚過敏気味で人の大声や机が床に擦れる音などの響く音が得意ではなく、集団生活に対して段々苦しいと感じ始めるようになりました。

精神的に落ち込む日が続き病院に行ったところ「適応障害」と診断され、学校が自分には合っていない場所だという事がわかりました。

この一連の流れを経て私は発達障害や、発達障害が原因で生じる適応障害等の二次障害に興味を持つようになったのです。

そして発達障害があるから必ずしも人生ハードモードになるかといえばそういうわけでもなく、自身の周りの環境を選ぶ事や周囲の人からの理解、そして自身の特性に合わせて工夫をする事でグッと生きやすくなる事が次第にわかっていきました。

他の発達障害を持つ子には自分と同じ様な苦労をできるだけして欲しくないと感じ、現在私は発達障害の子の為の教育方法や教育現場について研究しています。

私は発達障害の中でも注意欠陥・多動性障害なのですが、注意欠陥・多動性障害という言葉自体を知らないという人もまだまだ沢山いるのではないかと思います。世間の人々に対する障害の認知度を上げたいという思いから、発達障害に関する記事を書き始めました。また注意欠陥多動性障害の子がどの様な工夫・ライフハックを使えば生きやすくなるかということについても今後まとめていきたいと考えています。

発達障害を持っている人にとって少しでも生きやすい社会作りに貢献できる様、これから邁進していきたいと思います。

LINEで最新記事情報を受け取ろう!友達追加はこちら

-僕たち・私たちの声, 注意欠陥・多動性障害
-,

© 2020 NeBA Powered by AFFINGER5